【第3部】総論:戦略と戦術の「黄金の循環」

サブタイトル:経営者の仕事は、抽象と具体の往復にある

第1部で「進むべき道(戦略)」を定め、第2部で「具体的な歩き方(戦術)」を構築しました。しかし、経営という旅において、これらは一度決めたら終わりの静止画ではありません。

完結編となる第3部では、戦略と戦術を高い次元で循環させ、変化の激しい時代を突破するための「統合思考」についてお伝えします。

1. 敗北の二大要因:戦略なき戦術、戦術なき戦略

中国の兵法家、孫子はこのような言葉を残しています。

「戦略なき戦術は、敗北前の騒ぎである。戦術なき戦略は、勝利への最も遠い道である」

  • 戦略なき戦術: 現場は忙しく動いているが、利益が出ない。競合との差別化ができず、常に価格競争に巻き込まれている状態です。これは「どこで戦うか」が決まっていないため、個別の努力が空回りしています。
  • 戦術なき戦略: 経営者の頭の中には素晴らしいビジョンがあるが、現場の行動が変わらない。社員が何をすべきか分からず、組織が停滞している状態です。

経営者の真の役割は、この「戦略(抽象)」と「戦術(具体)」を繋ぎ、「一貫性」という名の命を吹き込むことにあります。

2. 経営の「黄金の循環」:ズレを修正し続ける力

市場は常に変化し、競合も動きます。一度立てた戦略と戦術が、ずっと正解であり続けることはありません。

優れた経営者は、以下の「黄金の循環」を高速で回しています。

  1. 戦略から戦術へ(演繹): 独自の勝ち筋(戦略)を、現場のルーティン(戦術)へ落とし込む。
  2. 現場から戦略へ(帰納): 現場で起きた想定外の反応や「違和感」を吸い上げ、戦略そのものを微修正する。

例えば、地域密着の電器店が「高齢者の支援」を戦略としていても、現場で「実は最近の高齢者はネット通販を使い始めている」という事実を掴んだなら、戦略自体に「デジタル活用の支援」という新しい一手を加える必要があります。

3. 経営者の視座:抽象と具体を往復する「エレベーター思考」

経営者の思考は、エレベーターのように階層を移動しなければなりません。

  • 最上階(戦略): 市場全体を俯瞰し、「自社はどこを捨て、どこで勝つか」を冷徹に判断する視点。
  • 1階(戦術): 現場の顧客一人ひとりの顔を思い浮かべ、「今日、どんなハガキを出すか」まで解執する視点。

この「高い視座」と「低い視座」を往復し続けることが、組織にズレを生ませない唯一の方法です。どちらか一方に留まってしまうと、経営は独りよがりの空論か、目先の利益を追うだけの自転車操業に陥ります。

4. 行動への一歩:戦略と戦術を「言葉」で繋ぐ

この記事を読み終えたあなたに、今日実行していただきたいことがあります。それは、自社の「戦略と戦術の対応表」を一枚の紙に書くことです。

階層内容チェックポイント
戦略 (Where)私たちは、〇〇という顧客に対し、△△を捨てて、□□という独自の価値で勝つ。それは「捨てる痛み」を伴っていますか?
戦術 (How)そのために、現場では明日から「A・B・C」の3つの行動を徹底する。それは新入社員でも明日から動ける具体性がありますか?

この表を書き出し、幹部や現場のリーダーと共有してください。もし、戦略と戦術の間に「なぜこれをするのか?」という矛盾や疑問が生まれたなら、そこが今まさに修正すべき経営の急所です。


結びに代えて

戦略とは「覚悟」であり、戦術とは「誠実さ」です。

「何をやらないか」を決める覚悟を持ち、決めた道を現場と共に誠実に歩み続ける。その積み重ねの先にしか、企業の持続的な成長はありません。

あなたの「志」が、現場の「熱狂」へと変わり、顧客の「感動」を生む。

その黄金の循環が始まることを、心から願っています。


「戦略と戦術」ワークシート活用 FAQ

Q1. 「捨てる」ことが大事なのはわかりますが、今の売上を失うのが怖くて決断できません。

A1. 非常に多くの方が直面する恐怖です。しかし、戦略とは「今あるものを捨てる」こと以上に、「未来の果実を得るために、リソースを空ける」作業です。

すべてを追うことは、すべての質を落とすことと同義です。まずは「明日から完全にやめる」のではなく、「新規の受付を停止する」「リソースの配分を10%に下げる」といった段階的な「フェードアウト」から検討してみてください。

Q2. 「戦略」と「売上目標」の違いを、社員にどう説明すればいいですか?

A2. 売上目標は「山頂(目的地)」であり、戦略は「どのルートで登るか(選択)」です。

「1合目から歩いて登る(低コスト・長期)」のか、「ヘリで一気に登る(高コスト・短期)」のか。ルートを決めずに「登れ!」と叫ぶのは、戦略ではなくただの根性論です。「なぜこのルートを選んだのか」という理由を語ることこそが、経営者の役割です。

Q3. 現場が「戦術」を面倒がり、結局元のやり方に戻ってしまいます。

A3. 原因は2つ考えられます。「戦術の目的(戦略)が伝わっていない」か、「戦術が複雑すぎる」かです。

戦術は、中学生でも理解できるほどシンプルである必要があります。また、第2部で触れた「OODAループ」のように、現場にある程度の裁量を与え、「自分で考えて動く楽しさ」を戦術の中に組み込むことが、定着の鍵となります。

Q4. 予算や人手が足りず、理想の「戦術」を実行できるリソースがありません。

A4. それこそが「戦略」が必要な理由です。リソースが不足しているからこそ、戦う場所を極限まで絞り込むのです。

もし戦術が実行できないのであれば、それはまだ「戦略(絞り込み)」が甘いというサインかもしれません。10の場所で平均的な戦いをするのではなく、1の場所で圧倒的な戦力差(集中投資)を作るのが、小規模組織が勝つための王道です。

Q5. 戦略を立て直す(ピボットする)タイミングは、どう見極めればいいですか?

A5. 現場の「違和感」がヒントになります。

戦術(Do)を徹底しているのに、想定した反応(Check)が返ってこない状態が続くなら、それは「やり方」ではなく「戦う場所(戦略)」が間違っている可能性が高いです。第3部の「黄金の循環」を意識し、現場の小さな失敗を「戦略ミス」の兆候として捉える感度を磨いてください。

ではでは、Enjoy your life.

関連動画:https://youtu.be/u-5EFkKlrRI