1. はじめに:将来が見えない…その不安が最大の武器になる
「5年後、10年後に自分がどうなっているか、全く想像できない」「今の仕事を続けていていいのだろうか」——。変化の激しい現代において、多くのビジネスパーソンがこのような漠然とした不安や焦燥感を抱えています。かつては推奨された長期的なキャリアプランも、今では絵に描いた餅のように感じられるかもしれません。
しかし、もしその「計画通りに進まないこと」こそが、キャリアを豊かにする鍵だとしたらどうでしょうか。
スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱した「計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」は、まさにこの逆説的な視点を提供します。この理論は、私たちのキャリアが予測不能な偶然の出来事によって大きく左右されることを認め、その偶然を意図的に引き寄せ、チャンスに変えていくことの重要性を説いています。
この記事を読めば、キャリアプランが描けないという不安が、いかにして未来の可能性を無限に広げるための力となり得るのか、その具体的な方法を理解できるはずです。なおこの記事は「成功実学」の中でお伝えしている内容です。

2. 驚きの事実:キャリアの8割は「偶然の出来事」で決まる
少し立ち止まって、ご自身のキャリアを振り返ってみてください。あなたのキャリアにおける重要な転機は、すべて計画通りに訪れたものでしたか?それとも、予期せぬ出会いや、思いがけない仕事のオファーといった、偶然の出来事がきっかけではありませんでしたか?
クランボルツ教授の研究が明らかにした広く知られる発見の一つに、ビジネスパーソンのキャリアにおけるターニングポイントの約8割が、本人が予測していなかった偶発的な出来事によって決定づけられている、というものがあります。
この事実は、私たちが信じてきた綿密なキャリアプランを立てることの限界を示唆しています。特に、技術革新や市場環境が目まぐるしく変化する現代(VUCAの時代)においては、一つの計画に固執することが、かえって目の前に現れた絶好のチャンスを逃す原因になりかねません。
もし、硬直した計画が無意味なのだとすれば、私たちは代わりに何を計画すべきなのでしょうか?その答えは、最終目的地を計画することではなく、予測不能な旅そのものに備えることにあります。
3. 新しい常識:「計画」すべきはゴールではなく、「偶然」への準備
従来のキャリア論の多くは、「自分に合った唯一無二の仕事を見つけ、そこに向かって一直線に計画を立てる」という考え方を基本としていました。しかし、計画的偶発性理論が提示するアプローチは全く異なります。
この理論の核心は、以下の2点に集約されます。
- キャリアの最終目標を固定せず、常にオープンマインドでいること。
- いつ訪れるか分からない偶然の出来事を、キャリアのチャンスに変えるための「準備」をしておくこと。
つまり、「何を成し遂げるか」というゴールを詳細に計画するのではなく、「何が起きても対応できる自分」を準備することに重きを置くのです。この思想は、次の力強い言葉に象徴されています。
将来何になるか、決める必要はない。その時々で目標はつくってもよいが、目標はあなたの成長や学習、環境の変化に伴って常に変化する可能性があるものです。常に目と心をオープンにしておきましょう。
出典: J.D.クランボルツ, A.S.レヴィン 花田光世訳(2005)『その幸運は偶然ではないんです!』ダイヤモンド社
4. 実践編:幸運を引き寄せる5つの行動特性
計画的偶発性理論は、単なる精神論ではありません。偶然をチャンスに変えるためには、具体的な行動と思考の習慣が不可欠です。クランボルツ教授は、そのために必要な5つの行動特性(スキル)を提唱しています。
- 好奇心 (Curiosity) 常に新しいことにアンテナを張り、学びの機会を探し続ける姿勢です。例えば、普段は手に取らない分野のビジネス書を読んでみる、全く関わりのない部署の同僚とランチに行き仕事の話を聞いてみる。こうした小さな行動の一つひとつが、未来のキャリアにつながるチャンスの種となります。
- 持続性 (Persistence) 困難や失敗に直面しても、簡単にあきらめずに「やり抜く」力です。新しいスキルを学び始めた時や、未経験のプロジェクトに取り組む時、すぐに結果が出ないことは珍しくありません。しかし、そこで粘り強く続けることで、グリット(やり抜く力)が養われ、周囲からの信頼を得たり、予期せぬ道が開けたりする可能性があります。
- 柔軟性 (Flexibility) 当初の計画や自分の考えに固執せず、状況の変化に応じてしなやかに対応する姿勢です。例えば「不本意な人事異動」や予期せぬプロジェクトへの参加命令も、キャリアを停滞させる障害ではなく、自分の新たな可能性を発見するための機会と捉え直すことができます。
- 楽観性 (Optimism) どんな出来事も、最終的には自分にとってポジティブな結果につながるプロセスの一部だと信じる態度です。困難な課題に直面したとき、「私には無理だ」と考えるのではなく、「どうすればこれを乗り越えられるか?」と自問する思考の転換が重要です。この前向きな姿勢が、新しい挑戦への一歩を後押しします。
- 冒険心(リスクテイキング, Risk-Taking) 結果が不確実であっても、行動を起こす勇気です。もちろん、すべての挑戦が成功するわけではありません。しかし、確実なことは一つあります。それは「何もしなければ、何も起こらない」ということです。失敗を恐れず小さな一歩でも踏み出すことで、初めて新しい可能性の扉が開かれるのです。
これらの5つの行動は、間違いなくあなたのキャリアに新しい、予期せぬ出来事を生み出すでしょう。しかし、その出来事が「不本意な人事異動」のように、混乱を招き、ネガティブに感じられる場合はどうすればよいのでしょうか?こうした瞬間を真のチャンスに変えるためには、もう一つのツール、すなわち混沌を意味あるものに変えるための思考法が必要となります。
5. 「意図的な漂流」というキャリア戦略
あるビジネスパーソンの実話を紹介します。彼は技術のスペシャリストを目指していましたが、ある日、全く希望していない部署への「不本意な人事異動」を命じられました。キャリアプランが崩壊したと感じ、大きなショックを受けた彼に、上司はこう告げました。
「これは本部長直々の指名だよ。君はそれだけ買われているという証拠だ」
この一言で、彼の認識は180度変わりました。これは、組織心理学でいう「センスメイキング理論」の好例です。センスメイキングとは、予期せぬ出来事が起きた「後」で、それが自分にとって「何を意味するのか」を解釈し、納得できるストーリーを構築していく思考プロセスを指します。
このエピソードは、センスメイキングの重要な特性をいくつか示しています。
- 社会性: 上司の「本部長直々の指名だよ」という言葉、つまり他者とのコミュニケーションが、出来事の意味を劇的に変えるきっかけとなりました。意味づけは、一人で完結するのではなく、社会的な相互作用の中で生まれます。
- アイデンティティ: 彼は当初の「技術のスペシャリスト」という自己認識から、「組織から期待されるビジネスパーソン」という新しいアイデンティティを形成し始めました。出来事に意味を見出すことは、自分自身の役割を再定義することに繋がります。
- 説得性・納得性: 新しい解釈は、客観的な「真実」である必要はありません。重要なのは、本人が前に進むために「もっともらしい」と感じ、深く納得できるストーリーであることです。彼にとってこの異動は、キャリアにおける納得のいく次の一歩となったのです。
計画的偶発性理論が予期せぬ機会を「創り出す」ための行動戦略だとすれば、センスメイキング理論はその機会を自分のキャリアに「統合する」ための意味づけ戦略です。この二つを組み合わせた新しいキャリア戦略こそが、「意図的な漂流」です。
これは、目的地(長期的な目標)はぼんやりと持ちつつも、航海の途中で出会う嵐(予期せぬ困難)や新しい航路(偶然の機会)に応じて、ルートを柔軟に再設定しながら進んでいくようなものです。地図に固執するのではなく、羅針盤(自分の価値観)と目の前の海流を頼りに、航海そのものを楽しむキャリアと言えるでしょう。
6. まとめ:シュートを打たなければ、ゴールは生まれない
この記事では、予測不可能な時代における新しいキャリアの考え方について解説しました。要点を振り返りましょう。
- キャリアの多くは、計画外の偶然の出来事によって形成される。
- キャリアプランを絶対視するのではなく、「行動」によって偶然を創り出し、「解釈」によってそれをチャンスに変える戦略が重要。
- そのための具体的な行動指針が「好奇心」「持続性」「柔軟性」「楽観性」「冒険心」の5つである。
未来を完璧にコントロールしようとすることをやめ、まずは「今、自分にできる小さな一歩」を踏み出してみませんか。それが、あなただけのユニークで豊かなキャリアを築くための、最も確実な方法です。
最後に、あるバスケットボール選手を励ましたコーチの言葉を贈ります。
シュートをすれば、外すこともあるが、入ることもある。 でも、シュートを打たなければ、絶対に得点は入らない。 だから、得点が欲しければ、シュートを打つしかない。
ではでは、Enjoy your life.
