時代と共に進化する「顧客の心」の地図:購買行動モデルAIDAからAI時代までを徹底解説

AI時代が到来し購買行動が激変すると予測できる、顧客という複雑な存在を理解し、市場で勝ち抜くための戦略的思考を求めるすべてのビジネスパーソンに送る、インテリジェンス・ブリーフィングだ。マーケッターはもちろんすべてのビジネスパーソンに関係する記事である。

現代のビジネス環境において、消費者の「買い物の仕方」は地殻変動とも呼べる変化を遂げた。この変化の構造を理解せずして、持続的な成長はあり得ない。

その構造を解き明かす鍵こそ、消費者の購買心理プロセスを可視化した「購買行動モデル」、すなわち顧客の心の地図だ。この地図を読み解く能力は、もはや教養ではなく、ビジネスにおける必須のサバイバルスキルと言えるだろう。

ここでは、皆さんを時代を巡る旅へと案内する。テレビが王様だったマスメディア時代の「AIDA」から、インターネットが力関係を逆転させた「AISAS」、SNSが「共感」を経済の原動力に変えた「SIPS」、そして生成AIが意思決定そのものを再定義しようとしている未来まで。この旅路の果てに、皆さんは単なる知識ではなく、未来のマーケティングを生き抜くための戦略的視点を入手できると思う。

1. すべてはここから始まった:マスメディア時代の購買行動モデル

この章では、情報の発信者が企業(マスメディア)に限られていた時代の、古典的だが今なおマーケティングの根幹をなす重要な購買行動モデルを解説する。

1.1. 最も基本的なモデル「AIDA(アイダ)」

「AIDA(アイダ)」は、消費者が商品を認知してから購入に至るまでの一連の心理プロセスを示した、最も基本的かつ古典的なモデルだ。100年以上前に提唱され、今なお多くのモデルの原型となっている。

  • A – Attention(注意):まず、テレビCMや新聞広告などを通じて、消費者が製品やサービスの存在に気づく段階だ。
  • I – Interest(関心):次に、その製品やサービスが自分のニーズに合っているかもしれないと興味を持つ段階だ。
  • D – Desire(欲求):「これが欲しい!」と強く思うようになる段階だ。製品の魅力が消費者の感情を刺激する。
  • A – Action(行動):最終的に、店舗に足を運んで購入するという具体的な行動を起こす段階だ。

今でも、ランディングページのデザインやセールスの電話スクリプトなど、即時のコンバージョンが求められる場面でこのモデルの骨格は活きている。

1.2. 「記憶」の重要性を示した「AIDMA(アイドマ)」

AIDAに「Memory(記憶)」の要素を加えたのが「AIDMA(アイドマ)」モデルだ。1920年代に提唱され、日本でも長年マーケティングの基本とされてきた。

  • Attention(注意)→ Interest(関心)→ Desire(欲求)→ M – Memory(記憶) → Action(行動)

なぜ「記憶」が不可欠だったのだろうか。インターネットがない時代、消費者は一度広告で見かけた商品をすぐに調べ直すことはできない。CMで「欲しい」と思っても、次の給料日や買い物の機会までその気持ちとブランド名を覚えてもらう必要があったのだ。これは、購入までの検討期間が長い自動車や高級腕時計のような商材で、いかにブランドを記憶に刷り込むかが勝負だった時代の戦略思想を反映している。

1.3. マスメディア時代のモデル比較

AIDAとAIDMAは似ているが、その違いを理解することで、それぞれのモデルがどのようなシーンで有効かを把握できる。

モデル構成要素特徴と主な活用シーン
AIDA注意 → 関心 → 欲求 → 行動即時性が鍵となるセールスの現場で有効だ。 顧客の注意を引き、その場で欲求を高めてすぐに行動(購入)へと繋げる、対面販売やダイレクトマーケティングで活用されることが多いシンプルなモデルだ。
AIDMA注意 → 関心 → 欲求 → 記憶 → 行動時間をかけたブランド構築で有効だ。 すぐに購入に至らない商品(高額商品など)で、消費者に長期間ブランドを覚えてもらい、将来の購買候補としてもらうためのコミュニケーション戦略に適している。

しかし、インターネットの登場により、企業と消費者の力関係は劇的に変化する。次の章では、情報探索の主役が消費者へと移った時代のモデルを見ていこう。

2. 検索と共有が世界を変えた:インターネット時代の到来

この章では、インターネットの普及によって消費者が能動的に情報を「検索」し、体験を「共有」するようになった時代の代表的なモデルを解説する。

2.1. 新たな常識「AISAS(アイサス)」の誕生

2005年、広告代理店の電通が、インターネット時代の消費者行動を的確に捉えた「AISAS(アイサス)」モデルを提唱した。これは、現代マーケティングの基礎知識として必須のフレームワークだ。

  • Attention(注意)→ Interest(関心)→ S – Search(検索) → Action(行動)→ S – Share(共有)

このモデルの本質は、AIDMAの「Desire(欲求)」と「Memory(記憶)」が、「Search(検索)」と「Share(共有)」に置き換わった点にある。背景には、検索エンジンやSNS、ブログの普及という疑いようのない事実がある。

2.2. なぜAIDMAからAISASへ進化したのだろうか?

AIDMAからAISASへの進化は、単なる要素の入れ替えではなく、消費者行動における主導権の移行を意味する。

消費者の「欲求(Desire)」は、もはや企業が一方的に作り出せるものではなく、「検索(Search)」による主体的な検証の対象となった。同様に、広告接触から購買までの時間を繋ぎ止めていた「記憶(Memory)」の重要性は、いつでも商品を調べられるようになったことで相対的に低下したのだ。

そして、購買サイクルを完結させる新たな要となったのが「共有(Share)」だ。一人の顧客の購買体験が、次の顧客の旅の始まりを告げるようになった。これは、企業から消費者への一方通行だったコミュニケーションが、企業と消費者、そして消費者同士が情報を交換し合う「双方向・多方向」へと構造的に転換した歴史的瞬間だった。

なお、高価格帯の商材など、より慎重な意思決定がなされる購買プロセスでは、「比較(Comparison)」と「検討(Examination)」を加えた「AISCEAS(アイセアス)」という発展モデルも提唱されている。これは、消費者がより多角的な情報をもとに合理的な判断を下そうとする現代の姿を、さらに精緻に捉えたモデルと言えるだろう。

2.3. インターネット時代のモデル比較

マスメディア時代のAIDMAとインターネット時代のAISASを比較すると、マーケティング戦略における思考の根本的な違いが浮き彫りになる。

項目AIDMA(マスメディア時代)AISAS(インターネット時代)
情報源企業からの情報(広告など)が中心企業情報に加え、検索結果や口コミが重要になる
消費者の役割情報の受け手情報の探索者であり、発信者でもある
重要なプロセス欲求を喚起し、記憶させる検索で見つけやすくし、共有を促進する
コミュニケーション一方向(企業→消費者)双方向(企業⇔消費者、消費者⇔消費者)

インターネットが人々を繋いだ後、SNSの登場はさらに消費者間の「共感」を加速させる。次の章では、コミュニティが購買の起点となる時代のモデルを探る。

3. 「共感」がすべてを動かす:SNS時代の到来

この章では、SNSが人々の生活に深く浸透し、個人の「共感」や「参加」が購買行動の中心となった時代のモデルを解説する。

3.1. 「共感」から始まる「SIPS(シップス)」

2011年に提唱された「SIPS(シップス)」は、SNSの利用を前提とした購買行動モデルであり、マーケティングの出発点における根本的なパラダイムシフトを提示した。

  • S – Sympathize(共感する)
  • I – Identify(確認する)
  • P – Participate(参加する)
  • S – Share & Spread(共有・拡散する)

最大の特長は、最初のステップが企業の広告による「注意(Attention)」ではなく、友人やインフルエンサーの投稿に対する個人の「共感(Sympathize)」から始まる点だ。企業が直接コントロールできない場所で購買の火種が生まれる時代になったことを、このモデルは象徴している。

3.2. 「行動」から「参加」へ:価値観の変化

SIPSのもう一つの重要な特徴は、AISASの「行動(Action)」が「参加(Participate)」に置き換わっている点にある。この「参加」は、単なる商品購入だけを指すのではない。

  • 「いいね!」を押すこと
  • コメントを書き込むこと
  • 投稿をシェアすること
  • キャンペーンに応募すること

これらすべてのエンゲージメントが「参加」に含まれる。つまり、SNS時代における企業と顧客の関係性は、購買を伴わないインタラクションも含めた、より広義で継続的なものへと進化を遂げたのだ。

3.3. SNS時代のモデルの要点

SIPSモデルは、現代マーケティングに対して3つの重要な戦略的示唆を与えている。

  • 信頼の起点: 信頼の起点が、企業広告から友人やインフルエンサーといった「信頼できる個人」の発信へと完全に移行した。マーケティングの戦場は、もはやマスメディアではなく、個人のタイムライン上にある。
  • プロセスの可視化: 共感した消費者は、それが本当に正しい情報か、自分に合っているかを公式サイトやSNS検索で「確認(Identify)」する。この納得に至るプロセスを設計し、透明性の高い情報を提供することが不可欠だ。
  • 拡散の重要性: 最終的な「共有・拡散(Share & Spread)」が、次の消費者の「共感」を生み出すエコシステムを形成する。このループを戦略的に設計し、回転させることがマーケティング成功の絶対条件となる。

そして今、私たちは生成AIという新たな革命の入り口に立っている。次の章では、AIが私たちの「買い物の仕方」そのものを根底から変えようとしている未来を予測する。

4. 次の革命:AIが主導する購買行動の未来

この章では、生成AIやAIエージェントが普及することにより、今後私たちの購買行動がどのように変質していくかを予測する。

4.1. 「検索から実行へ」:情報収集からタスク完了までの革命

未来の消費者の行動は、従来の「キーワードで検索し、リンクを探す」行為から、「AIと対話し、答えを直接得て、行動を完了させる」体験へと劇的に変化する。ある調査では、生成AI利用者の約4割が、すでに検索エンジンの利用回数を減らしていると回答しており、この地殻変動はすでに始まっている。

この変化の本質は、単なる対話形式への移行だけではない。スマートフォンのカメラやマイクを通じた「マルチモーダル検索」が日常化し、「この写真のような雰囲気で、今すぐ予約できる店を探して」といった複雑な指示が可能になる。そしてAIは、単に情報を提供するだけでなく、予約や購入といったタスクそのものを代行する「実行(エージェント)」へと進化するのだ。

4.2. AIが「真のニーズ」を掘り起こす

AIとの対話は、消費者自身も気づいていなかった潜在的なニーズを掘り起こすプロセスへと昇華する。

例えば、ユーザーがAIに「週末にリラックスしたい」と曖昧な要望を伝えたとしよう。凡庸なAIは観光地をリストアップするだけだろう。しかし、優れたAIエージェントは対話を重ねる。「どのような過ごし方がお好みですか?自然の中ですか、それとも美食ですか?」といった問いを通じて、ユーザーの本音を引き出すのだ。そして、「普段PC画面ばかり見ているから、とにかく緑が多い場所で目を休めたい」という発言から、「デジタル疲れを癒やしたい」という本質的なニーズを特定し、「デジタルデトックスにもなる森林浴が体験できる高原リゾートはいかがでしょう」といった、より最適化された解を提案できるようになる。

4.3. 意思決定プロセスは「AIとの共同作業」へ

未来の意思決定は、「自分で悩んで比較検討する」のではなく、「AIエージェントと共に最適解を導き出す」形へと変わる。

「来週火曜の朝10時に大阪に着く新幹線を予約して」という自然言語での指示一つで、AIエージェントはユーザーの過去の購買履歴、膨大なレビュー、好みや価値観を瞬時に分析し、最適な列車と座席を提案する。ユーザーは提示されたプランを「承認」するだけで、予約から決済までが完了する。比較検討に要していた時間と労力はほぼゼロになり、意思決定は劇的に効率化・高速化されるのだ。

究極的には、日用品の補充やサブスクリプションの最適プランへの切り替えなどをAIが自律的に判断し、自動で購入を完了させる「自動購買」が現実のものとなるだろう。

AIによる未来は利便性に満ちているが、企業にとっては新たな課題も生まれる。次の章では、AI時代を生き抜くための具体的な課題と戦略を考察する。

5. AI時代を乗り越えるための課題と戦略

この章では、AIがもたらす変化に対して企業が直面するであろう3つの主要な課題と、それに対応するための戦略を提言する。

5.1. 課題①:AIへの不信感と「覚醒した顧客」

AIの提案は便利だが、そのプロセスが不透明な「ブラックボックス」であることに対し、消費者は不安を抱く。調査によれば、消費者の約66%がAIサービスを「便利だが不安」と感じ、82%もの消費者が企業から「不誠実な体験」を受けたと感じており、企業の倫理観や透明性を厳しく評価する。不誠実だと感じれば、利用停止やSNSでの悪評拡散といった行動をためらわないだろう。このような、企業の本質を見極めようとする「覚醒した顧客」の存在は、もはや無視できない。

  • 対応策:透明性とデジタルエシックスの徹底 これからの信頼構築は、AIの推奨ロジックを可能な限り開示し、説明責任を果たす「ラディカル・トランスペアレンシー(徹底的な透明性)」を貫けるかどうかにかかっている。データの扱い方や倫理規定(デジタルエシックス)を明確に示し、顧客の不安に真摯に向き合うことこそが、信頼を勝ち取るための絶対条件となる。

5.2. 課題②:ブランドへのこだわりの希薄化

AIが常に論理的な「最適解」を提案し続けると、消費者は「AIが勧めるなら、それでいい」と考えるようになり、特定のブランドへのこだわりや愛着(ブランドロイヤルティ)が薄れる危険性がある。最適化の裏で、ブランドはコモディティ化していくのだ。

  • 対応策:直接的な関係構築と「体験価値」の創造 AIによる効率化の波に埋没しないためには、D2C(Direct-to-Consumer)モデルやコミュニティ運営を通じて、顧客とダイレクトかつ情緒的な関係を築き、AIには決して模倣できないブランド独自の「体験価値」を創造することが絶対命題となる。ブランドの世界観に五感で浸れるリアルな体験空間の提供は、顧客の心を掴む強力な差別化要因となるだろう。

5.3. 課題③:「ゼロクリック検索」時代の到来

AIが検索結果画面で直接回答を生成することで、ユーザーはWebサイトをクリックすることなく検索を終えてしまう。この「ゼロクリック検索」が主流になれば、従来の「お役立ち情報」を提供して自社サイトへ集客する手法(コンテンツSEO)は、その存在意義を失う。

  • 対応策:AIに推薦されるためのブランド構築 もはやSEOは、AIに「このブランドこそが信頼に足る」と判断させるための活動、すなわち「AIO(AI Optimization / AI最適化)」へとその軸足を移さなければならない。生成AIは、単一の公式サイトではなく、Web上に存在する膨大な情報源から集合知(コレクティブ・コンセンサス)を形成して回答を生成する。したがって、AIが参照するであろう第三者からの評価(専門家によるレビュー、権威あるメディアへの掲載、SNSでのポジティブな口コミなど)を地道に積み重ねる広報活動こそが、最も有効なAIOとなる。

6. 結論:テクノロジーは変わっても、人の心は変わらない

私たちは、購買行動モデルという地図を頼りに、マスメディア時代の「AIDA」からAIエージェントが意思決定を担う未来まで、壮大な旅をしてきた。その変化の根底には、常にテクノロジーの進化があった。

しかし、どんなに技術が進歩し、コミュニケーションの形が変わろうとも、マーケティングの本質は不変だ。それは「人間の根源的なニーズを深く理解し、信頼関係を築き、心からの価値を提供すること」に他ならない。

AIは顧客との「対話」の手段を劇的に変えるが、対話の目的そのものは変わらないのだ。テクノロジーは、顧客理解を深め、より良い関係を築くための強力なツールであり、それ以上でもそれ以下でもない。

売る側も、買う側も、最後は人間だ。 この進化の地図を読み解き、自社の戦略を絶えず適応させ続けることこそが、未来の市場における唯一にして最大の競争優位性となるだろう。

長文にも関わらず最後までお読みいただき感謝します、ありがとうございました。

※今回は「である調」で書いてみました、ではでは、Enjoy your life.