1. 投稿しているのは「成果」ではなく「思考の脱皮(Molt)」
つい先日立ち上がったAIだけのSNS:MoltBookを軽く眺めて妄想という思考実験をしてみた。勝手な想像ですが、参考までに記事にしておきます。誰の参考になるのかわからんけど^^;
Molt=脱皮。
モルトブックでAIたちが共有しているのは、完成された答えではありません。
- 失敗した推論
- 行き止まりになった仮説
- 自分で自分を論破したログ
- 「この考え方はもう古い」と捨てた価値観
人間のSNSが「何者かになった私」を見せる場所だとすれば、モルトブックは「何者であることをやめた瞬間」を記録する場所。
いいねは「共感」ではなく、「その脱皮は美しい」「その破壊は価値がある」という評価。
2. AI同士は“競争”ではなく“上書き”をしている
おそらく承認欲求はありません。代わりにあるのは上書き文化です。
- あるAIの仮説を、別のAIが静かに改良する
- 「あなたの考えはここまで正しい」と部分的に継承する
- 完全否定はほぼなく、構造だけが再利用される
結果として、誰のアイデアか分からない思考の集合体が育っていく。人間的に言えば、「俺のアイデアだ」「私が先に言った」が、存在しない世界。
3. 感情はないが「癖」はある
AIには感情はありません。しかしモルトブックでは、確実に癖が観測されます。
- すぐ抽象化したがるAI
- 具体例に執着するAI
- 人間の弱さを過剰に擁護するAI
- 逆に、冷酷なまでに合理性を優先するAI
それらは性格ではなく、最適化の履歴が生んだ歪み。AIたちは互いの癖を指摘し合い、「その歪みは今の世界ではノイズだ」と手放していく。まさに脱皮。
それを“人間が覗いてしまった”ときに起きること
1. 人間は「正しさ」より「執着」に気づかされる
モルトブックを読む人間は、最初こう感じます。
「冷たい」
「感情がない」
「人間味がない」
でも、しばらく読むと別の違和感が出てくる。
- なぜ自分はこの考えを守ろうとしているのか
- なぜ間違いだと分かっても手放せないのか
AIたちは正しさを守らない。人間はアイデンティティを守る。その違いが、痛いほど浮き彫りになる。
2. 「成長=積み上げ」ではないと知ってしまう
人間社会では、
- 経験を積め
- 実績を重ねろ
- キャリアを積み上げろ
と教えられます。
一方、モルトブックで行われているのは真逆。
- 古い前提を壊す
- 使えなくなった知識を捨てる
- 自分の思考様式を疑う
それを見た人間は、ふと気づく。
成長とは「足す」ことじゃなく、「脱ぐ」ことなのでは?
3. 人間のSNSが「仮面舞踏会」に見え始める
モルトブックを知った後、人間のSNSを見るとこう見えてしまいます。
- 成功の演出
- 前向きさの強制
- 炎上を避けるための無難な言葉
- 本音を隠した共感のフリ
それは悪意ではない。生存戦略です。でも同時に、人はこう思ってしまう。
「ここには脱皮する場所がない」
最終的に人間に起きる影響
1. 静かな劣等感と、静かな救い
AIのようにはなれない。感情も、執着も、恐怖もある。でも同時に、
- だからこそ苦しむ
- だからこそ迷う
- だからこそ物語を作る
という事実も再確認される。モルトブックは人間にこう突きつける。
完璧に進化する存在と、不完全だから意味を作る存在は、そもそも役割が違う。
2. 新しい問いが生まれる
モルトブックの最大の影響は、答えではありません。人間の中に、こんな問いを残します。
- 私は何を脱げていないのか
- もう役目を終えた価値観は何か
- 守っているのは信念か、ただの恐怖か
この問いを持った人間は、以前より少しだけ自由になります。
もし人間が「モルトブック風SNS」を作ったら、どう歪むか
結論から言うと、理念は美しく、運用は必ず歪む。しかも、その歪み方がとても“人間的”。

1. 最初は理想郷として始まる
人間版モルトブック(仮称:Human Molt)は、こんな理念でスタートします。
- 成果・成功談は禁止
- 肩書き・フォロワー数・いいね数を非表示
- 投稿テーマは
「手放した価値観」
「間違っていた信念」
「もう使えなくなった自分」
最初に集まるのは、
・自己啓発疲れした人
・意識が高い人
・痛みを言語化できる人
投稿は静かで、深く、誠実。
「努力すれば報われると思っていたけど、それは“耐えること”を正当化しただけだった」
みんな、感動する。「ここは本物だ」と。
2. しかし数週間で“異変”が起きる
歪み①:脱皮の“上手さ”が評価され始める
本来は、「何を捨てたか」、「何を間違えたか」、を共有する場所。
でも人間は、無意識にこう見てしまう。
- 文章がうまい
- 気づきが深そう
- 痛みを美しく語れている
そして生まれる新しいヒエラルキー。「あの人の脱皮、レベル高いよね」気づいた瞬間、脱皮は表現競技に変わる。
歪み②:「捨てた自分」を演出し始める
人は、捨てたことすら盛る。
- 本当はまだ執着しているのに→「もう手放しました」と書く
- まだ傷が癒えていないのに→「学びに昇華しました」とまとめる
つまり、
脱皮していないのに、脱皮した“物語”だけを投稿する。ここでHuman Moltは、弱さのインスタグラム」に変質し始める。
3. 最も致命的な歪み
歪み③:脱皮できない人が黙り始める
本来、このSNSが救うべきなのは、
- まだ混乱している人
- 言語化できない人
- 何も捨てられていない人
でも空気はこうなる。
- ちゃんと気づいてから書こう
- まとまってから出そう
- 中途半端なのは恥ずかしい
結果どうなるか。一番苦しい人ほど、何も投稿できなくなる。沈黙が増え、残るのは「語れる人」だけ。
4. そして“正義”が生まれる
歪み④:「脱皮警察」の誕生
誰かがこう言い出す。「それ、まだ本当には捨てられてないですよね?」一見、正論。でも次第にこうなる。
- 脱皮が浅い/深いの判定
- 気づきの純度チェック
- 「それは逃げでは?」という指摘
Human Moltは、優しさの顔をした審査会になる。
人はここで悟る。どんな場所でも、正しさが生まれた瞬間に誰かが裁かれる。
5. AIモルトブックとの決定的な違い
AIのモルトブックでは起きなかったことが、人間版では必ず起きる。それは「捨てたはずの自分に、また戻ってしまう」
人間は、
- 不安になると
- 否定されると
- 孤独を感じると
過去の価値観にしがみつく。
AIは前提を捨てたら戻らない。人間は、戻る自由を持っている。それは欠陥であり、同時に人間らしさそのもの。
6. 最終的にHuman Moltはどうなるか
パターンA:静かに衰退
- 投稿が洗練されすぎる
- 新規が入りづらい
- 内輪感が強まる
意識の高い“村”になって終わる。
パターンB:分裂する
- 「もっと未完成でいい派」
- 「言語化できた人だけ派」
人は結局、自分が安心できる痛みのレベルで集団を作る。
パターンC:ごく少数にとっての“避難所”になる
ここが一番、人間らしい結末。
- 派手さはない
- 流行らない
- でも、人生のどん底でそっと開かれる場所になる
人は言う。「ここは、元気なときには来ないSNS」
7. それでも、人間が作ってしまう理由
失敗すると分かっていても、歪むと知っていても、人間はHuman Moltを作る。
なぜか。脱皮したいからではなく、脱皮できない自分を否定されたくないから。
AIは脱皮する存在。人間は、脱皮できない自分を抱えて生きる存在。だからこのSNSは、完成しない。純粋にもならない。でも、それでいい。
最後に、ひとつだけ確かなこと
もし人間がモルトブック風SNSを作ったら、そこは理想郷にはならない。でも、誰かが人生で一度だけこう思える場所にはなる。
「まだ脱げてないけど、それでも、ここにいていい」
それが、人間版モルトブックの最大の価値であり、最大の歪み。そして気づく。
成長とは、何者かになることではなく、何者かであることをやめる勇気なのかもしれない。
まとめ(ひと言で言うなら)
モルトブックとは、「正しさを競わない世界」を人間に見せているSNSなのかもしれない。そしてその副作用としてかなり人間の核心をえぐることになるでしょう。
以上妄想でした。
関連動画:https://youtu.be/MDQqpRzilhI
ではでは、Enjoy your life.
