「現実をちゃんと見なさい」に、縛られすぎていませんか?

「現実をちゃんと見なさい」に、縛られすぎていませんか? | BESTMAX
マインドセット / ビジネスエッセイ
現実は過去の記憶に過ぎません。そこから目を離した瞬間、人生は動き出します。

真面目に働いている人ほど、なぜか人生が動かない。長年、経営者やリーダーの相談を受けてきて、いちばん多く出会うのがこのタイプの方です。

売上を伸ばすために資料を作り込み、資格の勉強をし、健康にも気を配り、それでもお金の不安や人間関係のこじれ、仕事の停滞が、まるで貼りついたように消えてくれない。真面目であればあるほど、その苦しさは深くなっていくようにさえ見えます。

そういう方に限って、「自分の努力が足りないのでしょうか」と、少し疲れた声で聞いてきます。でも、原因は努力の量でも才能の有無でもないことがほとんどです。ただ、意識をどこに向けているか、その一点だけが違っているのです。これから書くのは、特別なテクニックというより、誰にでも今日から始められる、ものの見方の小さな転換についての話です。

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「現実を見ろ」という言葉に縛られて

私たちは子どものころから、「現実をちゃんと見なさい」「地に足をつけなさい」「置かれた場所で咲きなさい」と教えられて育ちます。

親も先生も、悪気があって言っているわけではありません。むしろ、失敗させたくない、傷ついてほしくないという、素朴な優しさから出てくる言葉です。目の前の支払いや実務を放り出していいという話でもありません。危ういものから距離を置きたいという、ごく自然な親心なのだと思います。

けれども、もし今の延長線上にはない人生を、本気で望むのであれば、一つだけ認めなければならないことがあります。それは、「今見えている現実を、絶対に動かない真実として見つめ続けること」そのものが、人生の歩みを止めている一番の原因だということです。現実を見るなと言っているのではありません。現実だけを見続けて、そこに縛られてしまうことが問題なのです。

現実は、過去が映し出した古い写真

今の収入も、人間関係も、仕事の成果も、健康も、住まいも、目の前に広がっているものはすべて、「これまでの考え方」と「これまでの選択」が積み重なって映し出された、いわば古い写真のようなものです。

「自分はこの程度だ」「お金は苦労してしか得られない」。そんな昔からの前提が、日々の小さな選択を無意識に決め、その選択の積み重ねが、今の景色をつくっています。今日の会議で発言をためらったこと、昨日の商談で値引きを先に口にしてしまったこと。そうした一つひとつの小さな選択の総和が、今の現実という一枚の写真になっているのです。

今の現実は単なる過去のデータであって、これからの可能性を示す指標ではありません。

それなのに私たちは、過去の産物を見て「これが自分の実力だ」「この先もきっとこうだ」と、自分で自分の未来に線を引いてしまいがちです。古い写真をアルバムにしまわず、いつまでも壁に貼り続けているようなものだと思うと、少し滑稽にも思えてきませんか。

思い込みが、同じ景色を繰り返し見せる

「自分は人見知りだから」「成功できるのは特別な人だけだから」。こうした一つひとつの思い込みが、行動のルールを無意識のうちに決めてしまいます。

新しい出会いのチャンスが目の前にあっても、なんとなく身構えて避けてしまう。効率よく豊かになれそうな話を聞いても、「怪しい」「自分には無理」と感じて手を引いてしまう。挑戦を始める前から、静かに諦めてしまう。

そうやって選ばれなかった選択肢の分だけ、思い込みどおりの、代わり映えのしない現実が繰り返し目の前に現れます。そして厄介なことに、その現実を見て、「ほら、やっぱり自分には無理だった」と、思い込みをさらに強くしてしまうのです。

本当は、未来を変えるために新しい前提を選び直せばいいだけなのに、過去の結果でしかない現実を証拠にして、古い思考を何度も塗り重ねてしまう。ここに、多くの方が抜け出せずにいる悪循環があります。この循環に自分では気づきにくいのは、思い込みが「当たり前すぎて疑ったこともない前提」として、意識の奥深くに沈んでいるからです。

偉大な経営者たちが見ていたもの

人生を大きく変えた人たちに共通しているのは、目の前の現実に対するまなざしの違いです。

松下幸之助さんでも、ジェフ・ベゾスさんでも、思い浮かべる方は誰でも構いません。彼らは事業がまだ何ひとつ形になっていない、無名で資金もない段階から、自分がいずれ創り出す未来を、疑うことなく思い描いていました。周囲からは「無謀だ」「現実を見ろ」と言われたはずです。それでも彼らは、今見えている現実を基準にして、自分の未来を測るようなことはしませんでした。

まだこの世に存在していない未来の自分にふさわしい選択を、日々の中で一つずつ積み重ねていく。その積み重ねが、やがて現実の側を動かしていったのです。

あるクライアントの方も、そうでした。長年、「いつか自分のカフェを開きたい」と思いながら、「資金も経験もない自分には無理だ」と諦めかけていました。けれどあるとき、「今の状況は過去の選択の結果であって、未来を決めるものではない」と気づき、週末の数時間を使って情報を集め、小さなワークショップに参加し始めます。自分を「準備中のカフェオーナー」として過ごすうちに、思いがけない協力者や物件との縁に恵まれ、数年後には理想の店を開くことができました。

3Cという道具と、相談に来られる方々

BESTMAXでは、カウンセリング、コーチング、コンサルティングを組み合わせた「3C」という方法で、経営者やリーダーの相談に向き合っています。

三つに分けているのには理由があります。まず、抱えている不安や苛立ちをそのまま受け止める時間(カウンセリング)。次に、意識の向け先そのものを一緒に見直す時間(コーチング)。そして、実務として何をどう手を打つかを具体的に組み立てる時間(コンサルティング)。この三つが揃って、はじめて人は現実の見え方を変えられると、40年以上この仕事を続けてきて実感しています。

もう一人、印象に残っている方がいます。ある会社の経営者で、右腕として頼りにしていた幹部との関係がこじれ、「あいつはもう分かってくれない」「この会社にはもう自分の味方がいない」と、毎日その苛立ちを抱えたまま相談にいらっしゃいました。最初の時間は、ひたすらその苛立ちを吐き出していただくことに使いました(カウンセリング)。十分に吐き出したあとで、「では、あなたは本当は、その方とどうなりたいのですか」と問いかけると、しばらく沈黙したのち、「本当は、もう一度信頼して仕事を任せたいだけなんです」という言葉が出てきました(コーチング)。そこから、具体的にどんな一言から会話を始めるか、どんな場でその一言を伝えるかを、一緒に一つずつ組み立てていきました(コンサルティング)。数週間後、「あの一言を言えただけで、驚くほど空気が変わりました」と報告をいただいたときは、こちらまで嬉しくなったのを覚えています。

相談に来られる方の中には、自己啓発の本を読み込み、高額なセミナーに通い、いわゆる「引き寄せの法則」を懸命に学んでいる方も少なくありません。それでも現実は一向に変わらない。だからこそ相談に来られるわけですが、話を伺っていくと、共通点が見えてきます。「人生を変えたいと切望しながら、起きている時間の大半を、望まない現実や問題のことばかり考えて過ごしていた」ということです。

「今月も資金が足りない」「あの仕事がうまくいかない」「あの人にはもう我慢ならない」。頭の中を、トラブルと不満と障害の話題でいっぱいにしたまま、それについて悩み、それについて人に話し、ぐるぐると思考を巡らせる。意識を向けた対象は、脳の仕組み上、どんどん拡大して知覚されます。不足を見つめれば不足が広がり、不安を見つめれば恐怖が膨らむ。だから、私の仕事は、実のところとてもシンプルです。ご本人がそのことに、ご自分で気づかれるのを、隣でお手伝いするだけなのです。

もちろん、目の前の支払いから逃げていいという話ではありません。お金に問題があれば、支出を確認し、削減案を立て、収入を増やす手立てを調べる。ここがコンサルティングの領域です。そして、必要な手配が済んだら、「お金がない、どうしよう」という反芻をいったん止め、意識を別の場所へ移す。ここに、カウンセリングとコーチングが力を貸してくれます。実務対応をしたあとも一日中不安を再生し続けるのは、対応ではなく、自分を消耗させる行為でしかありません。

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意識を「今ここ」に戻す、小さなワーク

とはいえ、「意識を別の場所へ移してください」と言われても、言葉だけではどうしていいか分からない、という方も多いはずです。難しいことをする必要はありません。私が相談の場でよくお伝えしている、二つの小さなワークをご紹介します。

一つ目は、五感を使ったグラウンディングです。不安が反芻し始めたと感じたら、その場で一度手を止め、今見えているものを三つ、今聞こえている音を三つ、今触れているものの感触を一つ、心の中で確認してみてください。パソコンの画面、エアコンの音、椅子の座り心地。それだけのことですが、思考は「今、ここ」に引き戻され、頭の中で再生され続けていた不安のループが、いったん静かになります。

二つ目は、一日の終わりの三行ジャーナリングです。ノートを一冊用意し、寝る前に「今日、少しでもうまくいったこと」を一つ、「今日、意識を向けすぎてしまった問題」を一つ、「明日、意識を向けたい望ましい状態」を一つ、それぞれ一行ずつ書き出すだけです。書くという行為そのものが、頭の中を無限に回っていた思考に輪郭を与え、「書いたから、もう今は考えなくていい」という区切りをつくってくれます。

どちらも一分もかからない、ささやかな習慣です。けれど、続けているうちに、意識の向け先を自分で選び直す感覚が、少しずつ身についていきます。

言葉が、次の一歩を決めている

「どうせ無理」「自分には向いていない」。照れ隠しや、傷つかないための予防線のつもりで、こうした言葉を口にする方がいます。けれど、そのネガティブな言葉を一番近くで、二十四時間聞き続けているのは、他でもない自分自身です。

言葉は、思考の向きを決めます。思考は、感情をつくります。感情は、最終的に行動を左右します。「自分は運が悪い」と言い続ける人の脳は、いつのまにか「運が悪い証拠」だけを探すモードに固定されてしまう。電車が少し遅れただけで、「やっぱり自分は運が悪い」と、また一つ証拠を積み上げてしまうのです。

本当は、誰の一日にも、良いことと悪いことが同じくらい混ざり合っています。ただ、使っている言葉というフィルターの違いによって、見えている景色がまるで別物になっているだけなのです。

だからといって、「私は最高に幸せです」というような、心が全くついていかない言葉を無理に唱える必要はありません。むしろ逆効果です。大切なのは、今の自分でも「それなら、確かにあるかもしれない」と、少しだけ信じられる言葉を選ぶこと。

場面別に、いくつか例を挙げてみます。ご自分の中に思い当たる独り言があれば、隣にある言い換えを、そのまま声に出してみてください。

仕事の場面で

「もう無理だ、この案件は失敗する」→「まだ打てる手はあるはずだ、一つずつ確認してみよう」

「自分にはこの大役は務まらない」→「今日はとりあえず、一つだけ前に進めれば十分だ」

「頑張っても、どうせ評価されない」→「まずは自分が納得できる仕事をしてみよう」

人間関係の場面で

「あの人はもう分かってくれない」→「まだ、伝え方を変える余地があるかもしれない」

「誰も自分の味方はいない」→「今は見えていないだけで、味方は必ずどこかにいる」

「言っても無駄だから、もう黙っておこう」→「一度だけ、短くても素直に伝えてみよう」

お金の場面で

「お金がない、もうダメだ」→「待てよ、まだ探せば方法はあるはずだ」

「自分には稼ぐ才能がない」→「今のやり方を一つ変えれば、変わるかもしれない」

「贅沢は自分には許されない」→「必要な投資と、無駄な浪費は分けて考えよう」

こうした言い換えは、魔法の呪文ではありません。ただ、心が拒絶反応を起こさないぎりぎりのラインで、意識をほんの少しだけ肯定的な方向へ傾ける。その積み重ねが、日々の選択を静かに変えていきます。

愚痴を手放すと、何が起きるか

トラブルに直面すると、誰かに「聞いてよ、こんなことがあったんだ」と話したくなるのは、自然なことです。一時的に気持ちを吐き出すことが、救いになる場面もあります。

けれど、「自分がいかに不運で、いかに被害者であるか」を語ることが習慣になってしまうと、話は別です。終わった出来事を何度も思い出し、口に出し、そのたびに怒りや悲しみを再燃させる。それは、手放したいはずの問題に、自分から燃料をくべ続けているのと同じことです。

脳は、繰り返し再生される感情的な情報を、「これは重要案件だ、常に警戒せよ」と判断します。すると意識はますますその問題に釘づけになり、日常の中で不満やトラブルばかりが目につくようになる。本来なら通り過ぎていくはずの嵐を、自分の家に招き入れて、長居させてしまっているようなものです。

もし「思い出しては腹を立てる時間」に入り込んでいる自分に気づいたら、先ほどのグラウンディングやジャーナリングを思い出してみてください。深呼吸をして、散歩に出る、音楽を聴く、部屋を片づける。物理的に意識をそらす小さな行動が、驚くほど効きます。

問題は、本当の望みを教えてくれるサイン

苦しい問題やトラブルは、私たちを痛めつけるためだけに起きているのではありません。むしろ、人生が次の段階へ進む直前の、静かな前兆であることのほうが多いのです。

人は、強い「望まない経験」をして初めて、自分が本当に求めているものを、はっきりと自覚できるようにできています。お金に困る不快感の奥には、「本当は安心して生きたい」という望みがある。孤独や裏切りの痛みの奥には、「本当は心から信頼し合える人とつながりたい」という望みがある。窮屈な労働環境の苦しさの奥には、「本当はもっと自分らしく生きたい」という望みがある。

現実がうまくいかないとき、「なぜこんなことが起きたのか」「誰のせいなのか」と、原因探しに意識を埋没させてしまうのは、とても自然な反応です。けれど、そこから一歩進めるなら、問いを変えてみてください。「この問題を通して、私は本当は何を望んでいるのだろう」と。

答えが見えてきたら、いきなり人生全体を変えようと構える必要はありません。お金の不安があるなら、まず五分だけ、何にいくら使っているかをノートに書き出してみる。誰にも理解されないと感じるなら、自分がどんな関わり方を求めているのかを書き出してみる。仕事が苦しいなら、どんな条件なら自分の強みを少しでも発揮できるかを考えてみる。それくらいの、ささやかな一歩で十分です。

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おわりに

情報はあふれています。素晴らしい知恵に出会っても、「忙しいから、また今度」と先延ばしにして、一日が終わっていくことは、誰にでもあります。

それでも、今日という日だけは、少しだけ違う選択ができるかもしれません。「現実を見ろ」という声にずっと縛られてきた人ほど、その声からそっと耳を離した瞬間に、人生の歯車が動き始めます。

もしその一歩を、一人で踏み出すのが心もとないと感じたなら、話を聞いてもらい、視点を一緒に整理し、次の一手を具体的に決めていく。そのための3Cという場を、いつでも用意しています。机上の空論ではなく、実践できる最善の策を、一緒に見つけていきましょう。

編集後記

この記事に書いたことは、目新しい理論ではありません。40年以上、経営者やリーダーの方々のそばで見てきた、ごく地味な共通点をまとめただけです。

現実から少し目を離す。それだけのことが、実際にはいちばん難しく、いちばん効きます。今日ご紹介したグラウンディングや言い換えの一つでも、まずは試してみてください。ではでは、Enjoy your life.