小さなおにぎり、大きな世界

おにぎり一つに宿る無数の手

コンビニでおにぎりを一つ買う時、まさに「おにぎりを手にする瞬間」私達はどこまで思いを馳せることができるだろうか?

ありとあらゆる、何気ない日常のワンシーンが、ものすごくたくさんの人達の手によって成立しています。全ては誰かの「仕事」によって成立しているのが現在の環境です。経済社会の宿命として、誰かの仕事は必ずコストが発生します。そしてそのコストに見合う利潤を要求しています。つまりお金が動くということです。

人はおにぎりを作っていない「工場で機械が作っている」というのは「機械を作った人」を忘れています、もちろんその機械の部品も誰かが作り、その部品の素材も誰かが作っているのです。

私達が着ている服、履いてる靴、持っている鞄、歩いている道、処分しているゴミ、生活の様々なシーンで誰かの「仕事」の恩恵を受けています。これを消費と表現しているのです。

社会は誰かの仕事で成り立っています。さらに長い歴史の積み重ねで技術が継承され高度に発展してきたということ、治水され土壌改良され一次産業のみならずインフラが整備されてきたということ、他にも各種の有償サービスでこの社会が成立しています。日本のみならず世界中がこのシステムで運行しているのです。

このシステムから外れて生きる選択

何が起きても不思議ではない未来、過酷な環境下で生き延びる術(すべ)や知恵を準備することも必要かも知れません。食料の確保・エネルギーの確保、太古の時代、人類が生き延びてきた術や知恵です。SF映画やアニメの世界が現実に起きるとして「魔法」の一つでも使えるようになるのも悪くないです。魔物討伐に出かける必要があるかも知れませんからねwww

人はひとりでは生きていけない生き物

ちょっと大きめの猫にすら太刀打ちできません。そして群れることで生き延びることができます。集団(コミュニティ)を形成し、自然とともに生きる選択ができる仲間が必要です。もし志を共にする人が見つかったなら、イマから備えておいても良いと思います。

資本主義社会は誰かの仕事でしか成立しません。そのように設計され、運用されています。良し悪しではなく「こうなるべくしてこうなった」としか言いようがありません。

そして何よりも大切なのは、日がさす、雨が降る、風が吹く…といった自然環境は誰かの仕事ではないということ、意味するところは「無償提供」されているのです。資本主義のシステムから外れています。これをありがたく受け止めて過ごせる感受性を維持したいものです。

ではでは、Enjoy your life !!

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