わかり合う楽しさ、わかってもらえる嬉しさ

考え方の違いは様々な場面で意思疎通が上手く行かない原因となっているケースが多いです。それも思った以上に多いのです。言語化の範囲も違うし、言語そのものが人それぞれの体験によって定義されるので語感が微妙に違うから仕方ありません。コミニュケーションエラーはどんな場面でも起きてしまいます。

「考え方を考える」考え

とちょうど13年前に面倒くさい記事を書いてはいるものの、最近顕著にズレてる人によく出会います。自分がズレてるのか相手がズレているのかではなく、とにかく話が噛み合わない(汗)これは長年付き合っていても起きるから気をつけないとなりません。「そんなつもりで言ってた訳ではない」「そんな受け止め方するんだ…」こんな反応があるならまだ明確になるから手が打てる余地はありますが、どちらかかが黙ってしまったらどうなってしまうのでしょう?

小さい液晶画面上のテキストだけでやり取りするケースが増えています。電話(音声)でもエラーが起きるのにましてテキストだけならなおさらでしょう。

①会って話をする

②画像付き音声(ZOOMなど)

③電話(音声)で話をする

④テキストで話しをする

⑤自筆の手紙など

がありますが、使い分けをすると良いでしょう。それでもズレは否めませんけど。

⑤はほとんどなく、④→③→②→①といった頻度でしょうか?コストを考えると合理性はあります。しかし大切なのは、目的に手段が合致しているかどうかです。「重要なのか、緊急なのか」「雑用なのか、暇つぶしなのか」「好きな人なのか、嫌いな人なのか」「プライベートなのかオフィシャルなのか」・・・いろんな条件とそれに伴う感情や気分で手段が変わる(変わっているはず)です。本来は「目的に応じた手段選択」のはずなのにです。

わかり合う楽しさ、わかってもらえる嬉しさ、たとえそれが微妙にズレていて勘違いであったとしても素晴らしい体験だと思います。わかり合おうとする努力を惜しまないほうが良いでしょう。これこそが対話の目的なのだから…。

ではでは、Enjoy your life !!

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